駄犬五題 躾不足です |
うーん、と佐助は天上裏で唸った。 ここは上田、幸村の居室の天上裏だ。佐助がそんなところにいる理由はただ単に落ち着くからである。別段幸村の近くにいたいからとかそういう理由ではなく、ただ単に狭いところにいると落ち着くとか、ちょっと暗いところにいると落ち着くとか、そういう話であって、それ以上のことはない。 ただ問題は、幸村の姿がないことだ。 季節は雪深い冬。各地での小競り合いも、雪の冷たさと柔らかさに覆われてナリを潜める頃。 刻限はちょうど丑三つ時というやつで、いつもならば幸村は寝ているはずである。実は少し前から周囲に幸村の気配が感じられなかったので、もしやと思ってはいたのである。だからこうしてここまで来てみた。勿論何事もなければいいなと思ってのことだ。しかし何事もないどころか主がいない。 行き先なんて一つしかない。あまり考えたくないが、やはり奥州だろう。 もうかすがのところにいっちゃおうかなぁ、なんて考えてみたりして、現実逃避に余念のない佐助である。 冗談みたいだけど、お館様と空も飛べるはずって人だからありえないなんて言葉自体がありえない。 正直佐助の忍法よりよっぽどあの二人の方が凄い。 時々突然額に武田菱浮かびあがらせたりするし、何か通じ合ってたりするし、頼むから人智の及ぶところで話を決めてもらえませんか、と平々凡々たるいち忍びとして思うわけだ。 第一奥州である。ここより北に位置するあの奥州。よくわからない言語で話していてあれもちょっとどうよ?と思ったりする伊達軍がいるところ。 まだ暖かかった頃、真田の旦那と伊達が一騎打ちをした。勝敗はつかず。 興奮した旦那の言葉によれば、伊達政宗の乗る駿馬に追いついて引き摺り下ろすことに成功したとか。そう話す時の旦那の顔色のまぁ良いことといったら、聞いてるこっちが青ざめているのも知らずにいい気なもんだった。 それ以来すっかり幸村の心は伊達政宗一直線、寝ても醒めても政宗殿!である。もちろんそれ以上にお館様!でもあるので、無茶はしない。 はずだった。 真田幸村といえば幼い頃よりお館様の元にいて、拳で語り合ってきただけに、何に対しても一直線。こういう人が色恋に目覚めたらどうなるのかなぁと思ったりもしたものだ。 しかし想像してみるよりも幸村は何に対しても一直線。 あれが色恋と呼べるものかどうかは知らない。何しろ相手は気を抜いたら殺されそうな伊達政宗である。色気も何もあったもんじゃない。 別にこのご時世、相手が男だろうがなんだろうが構わないが(いやできれば構いたいのだが)もうちょっとどうにかならなかったものか。 もしも、幸村がどんな技だか知らないが空の彼方から降ってきたとして、そういう時あの奥州の王はなんて言うのだろうか。 ふと考えて、そして嫌な結論にたどり着く。あのわけのわからない言語を使う男のことだ。そんな風に想像もしないところから降ってこられたら、それはそれは驚くだろう。それと同時に、それはそれは幸村を気に入ることだろう。家臣が止めるのも構わずに、屋敷に招きいれてどんな技か聞き出したり、もしくはいつものように力と力のぶつかりあいで派手に周囲が吹き飛ぶか、まぁそんなところだろう。 躾不足でどうもすいません。でも馬にも乗らず走って上田まで来るのやめて下さいよ?
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