雪がとける。 |
奥州の冬は寒い。寒いというか一面雪景色だ。そんな中、普通は雪をおしてまでこの地に来る人間は少ないものだ。だが、それでもいつものように出向いてきている者もいる。 幸村は立ちはだかる政宗の家臣、片倉小十郎の姿にいつものように槍の切っ先を向けた。 「片倉殿!」 「…政宗様に会うってんなら俺を倒していけ」 そう言うと、小十郎も刀を抜いた。お互いの気迫は見ているだけで色まで伝わってきそうなほど緊迫している。 しかしそれを見ている佐助と慶次は、実にゆるゆると緩んでいて、よくもまぁ飽きないな、などと呟いていた。 「あのさぁ、あんたのとこのあの赤いのは、正面突破しか知らないの?」 慶次がどこからともなく出された茶に対し、何の疑いもなくそれを口にしながら問いかける。 佐助も佐助で、どこから出されたものかわからない慶次持参の握り飯をほおばっている。 「アンタ、うちの鶴翼の陣って見たことないもんね。アレ見たら旦那がああなのも頷けるってもんだよ」 「…えー、それ興味あるなぁ。今度戦の予定は?」 さも緩んだ様子で問いかけてくる慶次に、佐助はにっこり笑って答えた。 「おいおい、俺様は武田の忍びだよ?次の戦の予定なんて一番の機密じゃない」 「べっつに関係ないだろ!俺、別に戦なんてどうでもいいし」 「アンタは良くてもね、あの人は良くないじゃない」 そう言って佐助が指さしたのは片倉小十郎その人だった。その瞬間、物凄い音とともに二人の刃がぶつかりあった。 「言わないって」 「信用できないなぁー」 「言わないって!。俺は別に戦興ねぇしさ。いや、戦は好きなんだけど、やっぱり好きな人が出てたら不安じゃん」 な、と無邪気に問いかけられて、佐助は思わず言葉を失った。忍びに同意を得ようとしないでよ、とは思ったが口にはしない。 「武田がどっかと戦するって知ったら、伊達が黙ってねぇもんな。あれ、凄い折れ曲がった愛情表現だよな」 「いや、まぁねぇ。もしかしたら直線すぎる表現かもしれないけどねぇ…」 伊達家当主、奥州筆頭などと呼ばれる政宗が幸村とそういう関係にある、というのは今この場にいる面子からすれば、暗黙の了解―――というよりは公の話でもあったが、それはそれ。 目の前では幸村が烈火を繰り出したところだった。二槍で突き出されるそれは、炎そのもののようでもある。小十郎はそれをがっちりと防御して事なきを得た。あれを食らうと、身体が地面から浮かされて吹っ飛ばされる。 以前、それを食らいそうになった小十郎を庇った慶次の腕には、まだ少し火傷の痕がある。 「そういやアンタ、あの時の怪我は?」 「あんなの怪我のうちじゃないって。まぁたしかにちょっと痛かったけどさ、まつねえちゃんのビンタに比べたら全然」 「…アンタの基準はいーつも前田夫婦だなぁ」 「そりゃもう、価値観とかも全部あの二人譲りだもんなぁ」 好いた相手がいたら、まず護ってやる。 好いた相手がいつでも笑っていられるよう、いつも笑っている。 好いた相手を、全力で愛してやる。 それが利家とまつから教わったことだ。 「ま、でもあの時の小十郎サンは笑えた」 「そういうこと言ってると手滑らせて突っ込んでくるよ、あの人は」 「そうだなぁ」 あの時、体勢を崩された小十郎が数歩あとずさった。その瞬間に幸村が烈火を繰り出した。 何かを考える前に身体が動いて、小十郎を庇っていた。 庇ったとはいえ、小十郎もろとも吹っ飛ばされてあげく下敷きにしてしまったわけなのだが。それにしてもあの時も小十郎は理解できない、という顔でこちらを凝視していて。 (だって、護ってあげたいって思っちゃうんだよ) 自分の身を盾にして、主君を護ろうとする人。主君に何かあったら、きっと冷静でいられないんだろう。 奥州筆頭は抜き身の刃だ。その刃を護るために立ちはだかっているこの人は、いつでももっと研ぎ澄まされていなければならない。 もうずっとそうしてきているのだろうから、今更なんとも思わないのだろうけど。 「Hey!!いつまでてめぇらだけで楽しんでやがる!」 唐突に地響きのしそうな怒号が響いた。 表情に困ったように、小十郎は眉間に皺を寄せっぱなしだ。いつかもうちょっとお近づきになれたら、あの深い縦皺を小突いて、ほぐしたりとかしてみたいんだけど。 俺があんたの盾になって、ちょっとだけ気が抜けるところになってあげるよ。 |
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続きを放置した状態で書いています(爆) |