伊達政宗が重傷だという噂はあっという間に京都の慶次のところまで広まっていた。 政宗には竜の右目―――小十郎がついている。なのにむざむざ怪我など負わせる男だろうか。 そう思って、違和感を覚えたところに、さらに追い討ちのように噂を持ってきた男が口にした名が悪かった。「松永久秀だってよ。怖ぇよなぁ」 その名を聞いた瞬間。 慶次の中で、音を立てて血の気がひいた。 喧嘩と、悪戯と。腕が立つ自分たちの力を過信して、取り返しのつかない事態を招いた過去が走馬灯のように蘇る。 「…おーい、慶ちゃーん?どうしたよー」 「…ん、あぁ…。ちょっと、その怪我人の顔でも見てこようかなってね…」 指先が冷たい。まるで自分のものでないような錯覚を覚える。それくらい、血の巡りは悪かった。 (…小十郎サンは…大丈夫、だよな…?) 決定的に、奪われた。失われた。ただ無邪気に生きていたあの頃を。 ―――思い出して、慶次は何も言えなくなった。前へ進むべき足が竦む。 何故だか笑いがこみ上げてきた。 一体、いつになったら過去を清算できるのか。いつになったら、「過去のことさ」と笑えるようになるのだろう。 いつまで自分は、過去を引きずって前へ進めないまま。 (…俺はあの人を少しでも楽にしてあげたいのに) このままでは。 (…逢いたいな。あの目、見たら…たぶんもう大丈夫、なのに) だが奥州は遠くて、慶次は立ち尽くしたまま途方に暮れた。
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