幻視痛



 渾身の力で政宗はその腕から逃れた。
 しかし幸村は諦めない。何が嫌がることはしたくない、だと怒鳴り散らしそうになるを必死に堪えた。
「何故でござるか!」
 焦れた様子で幸村が叫ぶ。
「これは駄目だ」
 政宗の言うのは、己の右目を覆う眼帯のことだ。それだけは何者にも許さない。
 もうずっと昔に決めたことだ。
「それがしは…政宗殿の全てがほしいのでござる」
「やるなんて言ってねぇよ」
「それがしは欲しい」
「だったら奪ってみろ、と俺は言ったよな? そのかわり俺も全力だ。ただで奪われる気もねぇからな」
 これだけは駄目だ。
 これだけは、他人の前に晒せない。
 病で失った右目、酷く醜くひきつれた皮膚、変色した肌の色、飛び出した眼球。潰せと命じたのはまだ幼い頃だった。刀で、自分の光を映さなくなった目を潰す。あの瞬間感じたのは、何だっただろうか。
「それがしは」
「いいから、黙れよ」
 幸村がまだ何か言おうとしたのを、冷たく遮って言葉を奪った。どんなに暖かい言葉だろうと、優しい言葉だろうと、駄目だ。この目はいつも、政宗の中から理性を奪う。
 はじめて突きつけられた言葉は、もうかさぶたになっていつまで経っても剥がれない。
 たぶん、天下統一する日が来ても。
「…政宗殿」
 状況が状況だっただけに、お互い半端に着崩れた状態で、おそらく幸村は焦れているだろう。理解もできないだろう。政宗はもうすっかり芯から冷えていた。それくらい、幸村と肌を触れ合わせる事で得た熱が一瞬で消えるほど。
 自分で自分が嫌になる。情けなくて苦しくて、自分の器の小ささにどうしようもなくなる。
「…泣いておられるのか?」
「ha!誰に向かって言ってやがる」
 怖いのだ。眼帯の下にあるのは、もはや醜く潰れた何かしかない。自分の中の醜い部分が噴出して出来たもののようだ。眼帯をとる瞬間、いつも一瞬脳裏をよぎる人がいる。顔はすでにおぼろげなのに、声だけは忘れられない。それを、幸村と触れ合っている時に思いだすことはしたくなかった。
「なぁ、こんなもんどうでもいいだろ。他だったら何でも見せてやる」
「…政宗殿」
「こんなこと言うのは…おまえにだけだ」
 ゆっくり振り返れば、幸村が酷く悲しそうな顔をしていた。なんでテメェがそういう顔してるんだよ、と怒り出したい気持ちになる。中途半端に盛り上げられて、ある一点に触れた瞬間に拒まれて、いっそ構わず組み敷かれた方がまだ、全力で拒絶できるものを。
「政宗殿、では眼帯は外しませぬ。その上からならば、触れてもよろしいか」
「…そんなことして、何が」
 幸村がおそるおそるといった様子で腕を伸ばしてきた。もう先程のような激しさはない。ゆっくり頬に触れて、それから眼帯の上を親指の腹でなぞるように触れられた。
「…幸村」
「も、申し訳ござらん。何か気に障ったのでござろうか」
「…いや…」
 なんでそんな顔してるんだ。
 もっと、表情のわかりやすい奴だと思っていたのに。
 嬉しいのか笑っているくせに、今にも泣きそうに見える。そもそもどうして、幸村が泣く必要があるのだ。
「…それがしは、政宗殿が誰にも許さぬところに触れている。そう思うと…嬉しい」
「そんな風に見えねぇよ」
「しかし、同じ思いではいられないのが悲しい。こうしていても、政宗殿は嫌なのであろう?」
「………」
 息がつまった。
 そうだ。幸村に触れられるのが唯一嫌だと思うところだ。そんなところは、見なくていい。触れなくていい。幸村の双眸が、本当に切なげで、息がつまる。どうしてこう、この男は自分から、別の意味で理性を奪っていくのだろう。
「…くそっ」
「政宗殿?」
「テメェは本当に…」
「え?」
「最悪だ。最低だぜ…俺に、もうこれ以上自覚させんなよ」
「…申し訳ござらぬ」
 自覚させるな。
 これ以上、こいつに触れていたいなんて思わせるな。
 触れていたくても、触らせることは出来ない。だからずっと、横たわるように相容れない場所があって、そこだけが冷えて凍えて、どうにも煮え切らない。
「政宗殿、それがしは本心、政宗殿を好いておる。だから、信じてくだされ」
「……じゃあ、俺が嫌がっても抱いてみろ。触れてみせろ。この下も、全部暴いてみろ」
「無理をするのは…」
「違う。俺の本心だ。…俺はもう、心と身体が同じじゃねぇんだよ。たぶんな…」
 触れてもいい。そう思うのに身体がそれを許さない。昔得たあの衝撃を忘れるな、と戒めるように。
 その声はいつも、この心を支配する。解放してくれと、どれだけ抵抗しても変わらない。
 まるで呪いのように。

 失くした場所が痛むのだ。


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伊達が弱くなりすぎ。何この伊達ふざけてるの。