「小十郎さん、ちょっとちょっと。漢泣きやめてよ」 夜も更けた。こんな時間に活動しているのは忍びくらいのものだ。 場所は奥州、独眼流と呼ばれる男の城。そんな忍びと対峙しているのは、竜の右目と称される男―――片倉小十郎だった。さらに言うなら、なぜだかお勝手である。 「しかも包丁持ってそれって相当こわいんですけど」 「黙れ忍び」 言った途端に恐ろしい殺気と、相当手入れされた包丁の切っ先がこちらを向く。思わず数歩あとずさった。やばい。今のままだと殺られる。 「くそ…っ」 「いやぁだってさぁ俺様だって泣きたいですよぉぉ!?それをこうして現実逃避しようっていう前向きな姿勢でさぁ!!」 二人がそんなことになっている原因は、お互いの主である。 お互いの主―――伊達政宗と、真田幸村。 二人はいわゆる、目と目があったその瞬間から恋に落ち―――たというか、なんというか。 最初はいわゆるライバル同士なのだと思っていた。 ただちょっとばかり、こだわり方が異常だなとも思ったが、まぁ互いの主はお互いともに、いわゆる戦馬鹿だ。全力勝負で戦ってなおも五分、という相手に出会えばこうなるのかな、とも思ったのである。そう、その時は二人ともそう思っていたのだ。今思えば認識が甘かった。 それが、だ。気がつけば二人は手と手をとって、獣たみいな口付けをかわして以下略。ちょっと精神上これ以上は詳しく記せないようなことをはじめるようになった。 「テメェの主ってのも無害そうな顔してやるじゃねぇか…」 「いやどう考えたって誘ったの独眼竜の旦那でしょ」 「ありえねぇ」 「言い切るアンタがありえねぇって」 そんな従者二人のぼやきもむなしく、この場まで聞こえてくる嬌声…のような、どちらかといえば獣の咆哮のようなそれに耳をふさぎたい互いである。心なしかお互いともにうっすら涙目である。佐助はもう笑うしかないし、小十郎はもう念仏唱えて忘れるか、とそこまで考えている。心頭滅却したところで聞こえるものは聞こえるのだが。 「…ま、まぁあれだよね。明けない夜はないよ…」 佐助のぼやきは、ほとんど自分に向けた言葉だった。 さてそんなこんなで濃い一夜を過ごしたと思われる佐助の主が戻ってきたのは、もうすっかり夕暮れという頃だった。 「昨夜はご盛んでしたねぇ。満足?」 「…佐助!」 「な、なんですか」 呼ばれた瞬間の意気込みようで、嫌な予感が募る。なんていうか、これは、こういう時は、嫌な話を聞かされる前触れだ。 「それがし、今回はかなり頑張ったのだ!!」 予想に違わず、幸村はその口から聞きたくない報告をはじめた。 「あ、うん。知ってる。いや知りたくなかったけど」 もちろん何を?とはあえて聞かない。聞かなくてもわかるし聞きたくもなかった。突っ込んだら最後だ。どれだけ幸村がこの先、ツッコミを待っているとしか思えない発言をしてもだ。 「今回こそは政宗殿が腰が痛くて立ち上がれないというほどやったと思うのだ!!」 「うんうん」 「しかし政宗殿は、全然普通そうだったのだ…。政宗殿はどれだけ抱けば腰が痛くて立ち上がれないと言ってくださるのだろうか!?」 「知るかぁぁぁぁっ」 しかし一瞬後にはその決心もむなしく露と消えた。突っ込んできた佐助に、幸村は嬉々として続ける。握り拳までつくって、その決意にぞっとする。 「この幸村、次こそはと誓ったのだ!!」 「しょうもないこと誓わないでくださいよ!!」 「次こそは、政宗殿が立ち上がれないほどに!!!!」 なんでそうなるんだよぉぉぉッ!!という叫びが、どこからともなく聞こえた帰り道だった。 一方奥州では、おなじく夕暮れという時間に政宗が心なしかおぼつかない足取りでやってきた。毒でもくらった時のようなぐらぐらした様子だ。 「遅い朝でございますな」 「…小十郎。悪ぃが今日は休む」 休む休まないという話の以前にもう半分以上一日は終わっています、と言おうかと思ったがやめた。彼にとってはおそらく今からが一日の始まりなのだろう。何せあの後朝まで声は聞こえていた。思い出したくもないが。 「…妙な汗をかいているようでございますが」 「真田の馬鹿が、無理しやがって…。腰がいてぇんだよ」 「さようでございますか。小十郎は何度も言いましたぞ、背後に気をつけてくだされと」 さすがにああいう場で背後を守るわけにもいかない。戦場ならまだしも、ああいう場では節度というものが大切である。と、説いたところで今の政宗に聞こえているとはおもえなかった。仕方がないので収穫した野菜の泥を落としながら、半分ヤケでそう呟いた。そう、ヤケだ。 「…おまえそういうこと言うんだな」 「言わせたのは政宗様ですぞ」 純粋にびっくりされるのもまたなんというか。 「oh,悪いな。寝る。きつい」 「……はっ」 「ったく、真田…少しは俺を労われ」 そう呟く政宗の顔は、少しも懲りてなさそうで、小十郎は大きなため息をもらしてぐったりとうなだれた。懲りてなさそうどころか、嬉しそうな上に幸せそうだ。 本来ならば喜ぶべき主の幸せ。そう、政宗の幸せこそを我が幸せとして生きてきた小十郎である。政宗が喜ぶから野菜畑もだんだん大きくなった。今では軍の全てを投入しないと管理しきれないくらい大きな畑になっている。 だがまだ政宗が小さかった頃に「うまい」と言って喜んだからこそ今の小十郎がいる。そう、だから政宗が喜ぶことは出来る限りかなえてやりたいのだ。 だがしかし。 「明けない夜はございませんぞ政宗様ァァァァァァ」 地の底から響くように呻いたのは、これから続くだろう事に対する、小十郎なりの抵抗だったかもしれない。 育て方間違えたのか俺は、と頭を抱えつつ、小十郎はそれこそ戦の時のようにばっさばっさと野菜についた泥を洗い流し続けた。
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